月別アーカイブ: 2023年2月

鎌倉裕基さんのレポートです。

『不適切ケア』の研修、並びに資料を
職場研修=かまやんミーティングに
使ってくれています。
働く職場で働く仲間と共に、自分の介護を振り返る。
これほど、効果性の高い研修はありません。
鎌倉さん、ありがとうございます。
それでは、かまやん研修報告をどうぞ‼️
かまやんミーティングに参加。
管理者が全6回の講義、新⭐︎高口光子の元気が出る塾を
受講した内容の中の「不適切ケア」を
個人で書いて考えて、それをみんなで共有。
自分がやってしまったこと、
やったことあること、現場で見たこと、
現場で行われていることを
ありのまま発言、発信し合う。
お互いを非難する場面でなく、
内なるものを外へ放出し、みんなで分かち合う。
この確認作業がとても大切で、
不適切ケアをこれからも継続して考えていくことが、
虐待や拘束等を防ぐことになる。
高口さんの熱い講義を聞き、
色々と感じたことをみんなでシェアできたことが
まずはとても良かったのと、
一生懸命やればやるほど、
実はこういうことに陥りやすいんだ。
だからそれは決して一人で抱え込まず、
チームで考え、やっていくんだってことを、
チームかまやんで確認し合う。
とても良いミーティングだなと感じました。
zoomでも熱量たっぷりの高口さん。
ああ、
あの時、これ受けてみる?ってちょっと声かけてて
よかったって思えたのと、
受けますって受け止めてくれ受講し、
みんなに伝えてくれた管理者や参加してくれた職員の
みんなには本当に感謝です。
一人で抱え込まず、ありありと今の自分の感情を伝え、
聞いてもらって、みんなで考えやっていく。
一つ一つだけど、
また同じ山へ登って行くそれぞれのルートに新たな足跡が
ついたような、そんな気がしました。嬉しいな。
今日は月と星二つが縦に並んでて、とても綺麗でした。
こんな夜は滅多とない。嬉しさが重なった時間でした

にぎやかだ私❗️

にぎやか:阪井由佳子さんのブログ「にぎやかだ私❗️」
そこに、高口光子のリーダー研修に参加されての
感想が書かれていました。
写真を一部加えて、ここに掲載させて頂きます。
阪井さんと高口のいる、騒々しい研修会に、
参加された皆さん❗️ありがとうございました🤓
それでは、どうぞ❗️
本日
「高口光子のケアリーダー上級編」4回目を受講
受講生は現場リーダーや管理者クラス。
中に私と同じく事業主も数名参加しています。
10時~16時の間
パソコンの前の高口光子はよく喋る。
しかも
誰もいない空間で 手振り身振りを入れて
感情豊かに喋りまくってる高口光子ってすごくない!?
何が何でも伝えたい思いがあると
画面を飛び出してきたかのような迫力
ぐっと体制を前に出してくるから、
思わずこっちが後ずさりするほど。
(#^.^#)
言われてる方も泣いたり笑ったり一生懸命。
「白い歯」が見えるから
石井さんがそこにいるのがわかるけど、
うつむいていたら
画面にいるかどうかわからないほど顔が黒い。。
「理念はもろい!」
「スタッフは現実で苦しんでるんだよ。」
「石井さんの理念は
一般性のある中で話せば意味があるけど、
スタッフが苦しんでいるときに理念を話してもダメ!!」
って!!
石井さんに向かっていってるんだけど
私に言ってるのも同然。
とかく小規模事業所の代表にありがちです。
少ないスタッフでやってるうちは伝わるけど、
事業所が増えて、スタッフが増えれば
「石井さんや阪井さんの思いは伝わりにくいの。」
さらに「そんなのどーでもいい!」
しまいに「ばあーか!」って言い放つ始末。
思い返せば、
「今の私を見て、私の話を聞いて。」
そんなスタッフの思いにどう向き合ってきただろう。
私の理念や思いを押し付ける場面は多く、
ましてそれは不動のもの。間違いがない正論だけに
苦しむスタッフには耳の痛い話だったろうと思います。
高口光子の研修は
働く姿勢や スタッフとの対話
また組織の仕組みが変わります。
そして「自分が変わる!」研修と
言えるかもしれないです。
言葉で伝える力も身に着きます。
 「変わりたくない」と断言していた私ですが、
  最近スタッフと話してても
  高口光子の口調になっているときがある。
これは・・変わったというより、
高口光子に憑依された!?
え!!生霊!!
(#^.^#)
以上、阪井由佳子さんのブログからでした。
次回は、3月22日です。
テーマ「現場リーダーを育てる」
今からでも、参加申し込みできますよ。

殴るオヤジを 介護するのは 大変です。

殴るオヤジを 介護するのは 大変です。
いわゆる認知症で 
分け隔てなく誰でも殴るオヤジの「暴力」は 
受け容れられる。
知的障害か 精神障害か 
はたまた…もともとの性格か
なんだか相手をみて 様子をみて「暴力」する人は
ホントに 嫌になる。
そのオヤジさんは、デイの利用から始まりました。
どこの事業所からも「暴力」を理由に断られて、
在宅ニ人暮らしの奥さんは困り果てていました。
『私たちが引き受けなくて どうする!』
そんな気概を持って 現場は 利用を受けました。
私たちの気概なんて消し飛ぶくらいの勢いで
デイでのオヤジさんは、横暴でした。
気の弱そうな職員を独占し 用事を言いつけ 
子分のように使い回します。
おばあちゃんたちには大声で威嚇し、
おじいさんたちには手を上げます。
繰り返しのトラブルに 職員は謝り走り 
利用者・家族からの苦情対応に 追われました。
挙げ句に、
「あの人がいるなら利用しません」
とデイの利用者が減る。
いよいよ奥さんから、ショート希望が出ました。
デイからの申し送りを受けていても 
介護が追いつかない。
入浴介助でオケを投げ、
排泄介助で頭を押さえつけられ、
食事介助で吐きつける
夜間は大声 気に入らないと言っては 物を壊す。
新人は 「コワイ」といって泣き出す。
ベテランは 正面きってケンカするようになった。
管理者としてこの実態を報告すると、オヤジさんの妻は
「どうぞ!ケンカして!私はわかっているから大丈夫!」
と職員を励ましてくれた。
デイとショートの組み合わせで、5年の在宅生活を経て、
いよいよ奥さんから入居の希望が出る。
担当医や親族から精神科病院の入院を勧められた家族は、
「薬で落とされるのも鍵で閉じ込められるのも嫌なの」と
病院ではなく介護施設を選ぶ理由を切々と伝えてきた。
私たちはその気持ちに応えたいと思った。
オヤジさんにとっては、不本意な入居生活が始まった。
当然ですが、入居になっても「暴力」は変わらない。
職員を更に苦しめたのは「暴言」である。
「ブス・デブ」の外見や
「グズ・ヘタクソ」の仕事の未熟や 
それは言って欲しくない!ということを畳み掛けてくる。
殴られて殴られて あげくに排泄失敗して 
汚れた床を 殴られた痛みを堪えながら拭いている時に 
バカにした言葉を吐かれると涙が出てくる。
入居されて3年の時が過ぎた。
オヤジさんは 足腰が少し弱ってきた。
「暴力」行為と 怒りの感情の高ぶりで 
バランスが取れなくなり転倒するようになって来た。
危ない!と支える職員を殴るので、また、危ない。
特に着替えは大暴れで なかでも汚れた下着の交換は、
立位では二人がかりでも危なくなったので、
ベッドの上で 殴ろうとする手を
押さえながら行うようにした。
ある時、オヤジさんは奥さんに
「介護職のAからクビをしめられた」と話した。
「あなたたち虐待してるんでしょ。
 特にAさん!あの人!酷いわね!」
と奥さんは、介護主任に訴えた。
「Aは職員のなかでもオヤジさんと一番心が通っていて、
 苦手な職員と代わって介護したりしています。
 ベッドの上で着替える時に 
 オヤジさんの手を押さえる職員の手を
 クビをしめた!と言われてると思います」
「主人を認知症って言いたいんでしょ!
 どうせ あなたたちは仲間をかばうんでしょ!」
名指しされたAは動けなくなってしまった。
誰より頑張っていたAが問い詰められている。
私たちの介護を理解し支えてくれていたはずの家族から
責められることに職員は混乱した。
疑われながら介護は、できない。
それからのAは、
ベッド上に横たわるオヤジさんの下着の更衣介助では、
殴るオヤジさんの手を押さえることが出来なくなり、
殴られるままに更衣介助を行う。
その後ろ姿はよろめき、ふらついていた。
傷つく職員 荒れていく職員 疲れ果てる職員 
辞めたくなる職員
その職員たちに「もう一日もう一日 一緒に頑張ろう」と
懸命に支えてきた介護主任が 
この「苦情」対応を検討する会議で発言した。
「あんな人 いなくなればいいのに」
そして泣き崩れた。
私は ここからが介護だと思う。
ああ!イライラする!でも何とかしなきゃ。
いつまで こんなことが続くの。
何のためにやっているのか 意味がわからない。
私ばかり なんでこんな目にあうの。
あの人さえ 居なければいいんだ。
居なくなれ、死んでしまえばイイんだ!
この私の心の中の「暴力」に気づいて、
言葉にして、この「暴力性」が自分だと自分が認める。
だけど断らない だけど落とさない だけど閉じ込めない
だけど叩かない 決して殺したりはしない
ここから私の介護を 考える。
長くなりました。
続きをまた、書きます。

サトさん どこ行くの あんたぁ どうするの

サトさん どこ行くの
あんたぁ どうするの
私は ここにいるよ
そりゃけっこうな
私も一緒に行こうかな
あんたぁ あんたんとこ 行きなさい
サトさん どこ行くの
私は家に 荷物置いて来る
今日は泊まるじゃなかったっけ
置いて来るだけ すぐ戻って来るけ
荷物は明日 持って帰るで間に合うよ
そりゃけっこうな
んなら お茶飲むか
わたしゃ ガマグチ 家にあるけね
そりゃけっこうな
ナンが けっこうね 私は 払えませんよ
ここはみんなタダ 無料 お金要らない
そんなウマイ話しがあるでしょか
ここはお年寄りのお金で建てたから お年寄りはタダ
んな事言って 後から取るでしょ
決して取らない 総理大臣が決めた
総理大臣?天皇陛下は?
天皇陛下もだよ
そりゃまた ありがたいねぇ
そうやってサトさんたちが感謝すると喜ぶよ
そりゃあんた 年寄りは ありがたいばっかりよ
それがサトさんの仕事だけんね
ナンが仕事ね
ばあちゃんが笑うと 若いモンが イイ事あるなて思うど
そうねえ
ばあちゃんが怒ると 悪い事あるなて思うど
そうねえ
年寄りが笑っとかんと 若いモンは 働く気にならん
そうやろか
そうよ 年取って悲しいばっかなら 誰が働くね
そうねえ
ばあちゃんは 笑うが仕事よ
私は ナンでも感謝しとります
夜勤は まだまだ続きます☺️

何のための多職種連携か

令和4年度 岐阜県老人保健施設協会 
 専門部研修会 『何のための多職種連携か』
対面とオンラインの同時開催研修でした。
多職種連携の必要が現場から求められているのに、
「私の」現場では上手くいかない理由を考えました。
①医療モデルと生活モデルの整理ができていない
医療モデル・生活モデルの理解は、かなり進んできた。
しかし、この私たちの仕事としての概念モデルである
医療モデルと生活モデルは、
職能分類の指標ではないということが働く現場での、
共通認識になっていないと、多職種連携は難しい。
②介護の基本は、自分されて嫌なことは人にはしない。
この介護の基本である自分(=主体)ないと、介護はできない。
加えて、自分(=主体)の無い人とは、連携のしようがない。
私の職場で自分が、
何がやりたいのか考えたこともない人とは、
組みようがありません。
【職種別にみる連携の取れにくさ】
自信のない介護職とは、連携しにくい。
方法を教えられても意味が届いてないので、
知らない・聞いていない・わからないを繰り返す。
自分の言葉で意見を言わない・言えない。
怖がって威張る看護師とは、働きにくい。
自分の知識・経験を越えるお年寄り・出来事などに
現場で遭遇すると、過剰に反応する。
「責任とれるの」を繰り返す。
介護保険制度を理解していない。
働かないリハビリ職とは、やりたくない。
機能障害と生活障害の違いがわからない。
治らない機能障害の中でADLを維持するとは、
どういうことか考えたことがない。
そもそも夜を知らない。
以上を中心に整理してみました。
そして、この状況が私の職場にあったら、
私は何をしたら良いのかを提案させて頂きました。
ハイブリッド研修は、なかなか大変です。
委員の皆様、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
また、静岡県の大会でお会いしましょう🤓

2/14のバレンタイン🍫

職場では、介護報酬請求が終わると、
2/14のバレンタイン🍫準備が始まる。
「義理チョコ」は相手の男子に対してというより、
義理は個人で果たすより、職場単位で果たす方が、
何かと便利という女子同士のバランスを取る為にある。
それにしても、
お金集め、品定め、買い出し、お釣り返却、配り先別の仕分け
など、なかなか手間もかかる。
この女子同士の作業のあいだ、ずっと男子介護職の話題をしている。
厳しい評価もあるけれど、一緒に働いていることには、
素朴に感謝の気持ちはある。
そして「テレビ📺で見たんだけどさ」と誰かが言い出す。
「女心を一番上手に伝える歌姫!
 令和・平成でNO1!は誰か知ってる?」
「え⁉︎ダレダレ?」「西野カナだって❗️」
「へえええ、引退してるのにスゴいね」
「トリセツだよ、トリセツが名曲なんだよ」
「そうかあ、トリセツかあ、だよねえ」
ここまできて、女子職員の一人が加わって、
西野カナの「トリセツ」は、
「ここの男性職員にこそ聴いて欲しい」と言い出した。
だいたい介護男子というのは、
認知症のおばあさんには、
あんなに気がついて あんなに尽くすのに、
私達には、どうよ!
そもそも自分の 奥さんや 彼女にも
認知症の人の半分でも やって あげてんのかねえ!
話しが今までにない盛り上がりを感じたので、
思わず、その「西野カナ」というのは、
認知症の人のケアに役立つのか?と、私がきくと、
「トリセツ」の女の機嫌と気分を どうして欲しいかのところが、
エラく共感できるのだと、説明を受けた。
私 が、「中島みゆき」と同じじゃん!というと、
全然違うから、ちゃんと聴いて下さい!と指導を受けた。
認知症のお年寄りの気分と機嫌は、
西野カナか、中島みゆきか。
ちなみに、昭和・大正の女心歌姫は、
石川さゆりと、美空ひばりだったそうです。