【にぎやか報告】③

理事長:阪井由佳子さんは、苦しんでいるように見えた。
彼女のブログの名前は、たしか、
「にぎやかだ!わたし」だったと思うが、
その通り、「にぎやか」という小規模の事業所は、
設立者である阪井さん自身の
思い・覚悟・介護観・趣味・人生・責任・収入源・自分の居場所・家族・生きがい…であります。
利用者・家族.地域の皆さん・職員は、その阪井さんの輝くキャラ…ィャ人柄にひかれて集まってきた。
設立当初は「にぎやか」という一つの事業所で、
同じ屋根の下で阪井さんを含め、互いが見える聞こえる、一緒に動く、泣く笑う、ケンカする仲直りするといった、
同じ時間空間の中で、同じ体験・言わなくても伝わる言葉・重なる感情がありました。
それは、そこにいない人までも、その物語に触れた人の心揺さぶります。
その物語を伝える阪井さんは、
良い介護をしたいという素朴な思いを無視する現場で働く介護職たちの憧れにも近しい存在となります。
そして、より良い介護を果たせる形としての富山型を伝えるという責任を自分に持って、阪井さんは全国を求めに応じて駆け巡ります。
そして、二つめの事業所「かっぱ庵」が開設されます。
年月を重ね、今あらためて現場を見ると、
伝わっていたと思っていた言葉はスレ違い。
あの利用者、この利用者から頂いた体験からの学びは何も蓄積されていない。
組織・法律に縛られない伸びやかな介護は、ゆるいだけのハッキリしない介護になっています。
何より、任せられる責任者が育っていない。
「こんなハズじゃなかった」
阪井さんは、愕然とします。
にぎやか・かっぱ庵には、
利用者を中心に思う大切な介護があります。
しかし、そこで働く職員が、その実際を言葉にできない、
業務として示し共有することをしていない、
介護に責任を自分が持つということがわからない、
何より自分たちの介護に自信が持てていない。
いつまでも、阪井さんを求めています。
何で、わからんのやろ。
言わないとわからんなら、言ってもわからんよね。
違います。
あなたは、困っている人を思う感情は豊かに表現してきました。
それは、素晴らしいです。
しかし、その感情をきっかけに展開した介護と事業の実際を
「何のために誰のために」という意味と価値として、
繰り返しの説明をしてきませんでした。
説明したと思っているほうが「説明した」と言い張っても、
説明を受けたとされるほうが「説明はない」と言う限り、
その説明は無かったということになります。
ええ!!
ええ!!じゃない。
そんなら、どうすんの。
人材育成です。
阪井さんなんか、居なくていいです!って言われるくらい、
人を育てましょう。
そりゃあ、ええね。
だけど、そんなになったら、私はどこに居ったらええのかな。
それはまた、一緒に考えましょう。
上司以上に、部下が育つことは難しいので、
部下を育てたいなら、上司の成長は必須です。

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