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夜勤明け コロコロ隊が、帰ります😀

シマシマのキハラと、お母さんみたいなカワさんです。
キハラは、バアちゃんが、大好きです。
だから、元気だったバアちゃんが、
黄色くなって、グッタリした時、
キハラは、泣きそうになりました。
「必ず、戻ってきてね」と約束して、
バアちゃんは、大きい病院に行きました。
病院に行けば、病名が、つきます。
腹腔内リンパ節腫脹を伴う肝門部腫瘤による閉塞性黄疸
内視鏡の切開術 総胆管ステント留置
これで、取り敢えず、元気になりました。
病院の皆さん❗️ありがとうございます。
家族は、すすめられた腫瘤の生検は、
「しません」と答えました。
「検査となるとまた入院長くなるから」
と病院に感謝はしてるけど、退院を選びました。
病院の先生は、悪性腫瘍を心配していました。
バアちゃんも、家族も、もしも不治の病なら
なおさら施設に 早く戻りたいと 希望を言いました。
本人・家族の気持ちがよくわかったので病院の先生は、
すぐバアちゃんを施設に帰してくれました。
しばらくは、笑顔で、いつも通りの毎日でした。
ある日、バアちゃんが、お腹を痛がりました。
痛がるバアちゃんを前に 家族は、楽になるならと、
病院受診を 希望されました。
お腹の腫瘤が、大きくなって、十二指腸を圧迫していました。
家族は、とにかくバアちゃんが、
辛くない最期を迎えられることだけを 望みました。
バアちゃんは病院に行きました。
病院は痛みをとってくれました。
病院の先生の ていねいな手紙と
いつでも相談して下さい。の言葉と一緒に
バアちゃんは、戻ってきました。
キハラ、嬉しい。嬉しい。
少しでも、食べてもらいたい。
栄養士 リハビリ 看護 みんな工夫するけど、
バアちゃんは、吐き出す。
そう、お腹は、腫瘤で いっぱいだから。
食べないと弱る、弱っているから食べない。
話し合う、話し合う。
点滴する?
でも、点滴は、バアちゃん…大嫌い。
どうしたら、いいんだろう。
思いと 考えを 重ねて みんなで 考える。
バアちゃんの気持ちは、何が一番?
バアちゃんに、ゆっくり聞いてみる。
6月に帰国する、外国にいる孫さんに、会いたい。
バアちゃんと みんなの目標が 決まった。
バアちゃんの、好きなことだけする
キハラは、知っていました。バアちゃんは、も一回
一人暮らしをしていた あの家に行きたいんだ。
キハラは、バアちゃんと、ドキドキしながら、家に帰りました。
バアちゃんは、ウトウトしながら、一泊しました。
先輩たちは、とにかく施設に無事に戻ってきてくれて、
ホッと、しました。
バアちゃんが、家から戻って、最初の夜勤が明けて
キハラが、カワさんと、帰ります。
お疲れ様でした。
バアちゃんの、好きなことだけ。
キハラの帰った後、バアちゃんは、お風呂に入りました。
ウトウトしていたバアちゃんが、お風呂はニコニコです。
入浴は、今年、高校卒業したコトちゃんです。
え!ガン末期と新人が、入浴⁉︎
コトちゃんは、ガンと お風呂に入っているのでは、ありません。
バアちゃんと、お風呂に入っています。
大好きな先輩のキハラに バアちゃんと二人で
お風呂の報告をしたら、キハラが、どんなに喜ぶか❗️
バアちゃんと 話しました。
バアちゃんの 好きなことだけする。
バアちゃんは、ウトウトしています。
そのよこで、コトちゃんが夜勤に申し送りを始めます。
バアちゃんの好きなことだけで、
毎日を重ねて行きます。

お年寄りが、亡くなった朝。

お年寄りが、亡くなった朝。
夜勤は、イケちゃんでした。
おバアちゃんは、その日の夕方、
豚カツをみんなと一緒に 食べました。
いつも通り 就寝されました。
だけど、真夜中に 息が険しいことに
イケちゃんは気づきました。
同じフロアの夜勤の仲間と一緒に
血圧、体温、SPO2を測って、
自分の目で観察したことと合わせて、
看護師に、オンコールしました。
看護師は、上体の挙上と、クーリングを指示して、
予想される経過と、観察ポイントを伝えました。
イケちゃんは、指示内容を記録して、
おバアちゃんの様子と バイタルを 記録していきました。
朝方には、少し穏やかになった様子でした。
でも、ずっと心配だったので、
いつもより早めに出勤した先生に 駆け寄って、
すぐ診て下さい!って、お願いしました。
先生が、声をかけて、おバアちゃんは、
なんだか言ったような、目を開けたか開けないか、
そのまま 力が抜けたみたいになって、
先生は、少し心臓マッサージをして、
「ご家族に 連絡して下さい」
と言って、おバアちゃんの手を握っていました。
部屋に 駆けつけてきた ご家族は、
泣き崩れました。
「昨日は、あんなに 元気だったのに」
そうです、昨日は、ニコニコ、五月の行事に参加してたのに。
先生が、低い声で、説明しました。
胸が一杯の ご家族は 頷くだけが、精一杯の様子でした。
ご家族だけで、お別れの時間を持って頂いたあと、
イケちゃんが、自分の書いた夜勤の記録を
夕飯のところから、読み上げるように、
ご家族に 伝えました。
豚カツを どんなふうに食べて 誰とお話ししてたか、
息が変だと思ったのは、こんな息遣いで、
バイタル測る時に、こんなふうに少し怒って、
しばらくしたら、こんな様子で 眠っていて…、
涙が、ポロポロ出てきて、
鼻水も、グジユグジユだったけど、
全部、言えました。
ご家族は、
「よかった。よかった。
じゃあ、大往生だったのね。
ありがとう。よかった。」
と、イケちゃんの背中を さすってくれました。
恥ずかしがり屋で、自分のことは、
なかなか 上手く言えないイケちゃんですが、
今日のイケちゃんは、
よかった、よかった。
夜勤明けだったけど、
ご家族と一緒に おバアちゃんの最後の入浴介助をして、
お家に帰る お見送りをして イケちゃんも 帰りました。
お疲れ様でした。
今日は、ゆっくり休んで下さい。

にぎやか報告

去年(2022年)の5月からスタートした
にぎやか・かっぱ庵の介護アドバイザー。
この5月で一年になります。
一年という括りを持って、
NPO法人理事長・経営者の阪井由佳子さんの
ブログ「にぎやかだ❗️私」で、
現在のかっぱ庵とお年寄り・職員の様子が
報告されていましたので、ここに紹介します。
《ブログ:にぎやかだ、私》
月一回のかっぱミーティング
現場リーダーの「小雪」が司会進行役。
そこには
日々の忙しい業務の中で
時間と共に消えてもおかしくない
ちょっとした
「ひっかかり」
それを小雪はこの日に合わせて
その「ひっかかり」を大切に拾い集めて
文字にし言葉にし
皆で考える時間を作ってくれている。
一年前のかっぱミーティングとは、
全くというほど、変わった。
参加している人が変わったわけじゃない。
働くスタッフの意識が変わったんだよね。
(2枚目の)写真左にうつる
なんとも優し気に微笑む熟年女性
「高口光子」
この方が
一年かけて取り組んだ結果が
現れたといっても過言ではないでしょう。。。
一年前同様
この日も
高口光子はいたって傾聴。そして観察。
そこには紛れもなく
私のことも含まれている。
彼女はこちらの動画で
https://youtu.be/5WX48Wp6saI
私のことを
「組織の敵」とまで称している。。。
(#^.^#)
たぶん高口光子と私の間では
そのことについて
大した問題ではないと暗黙の了解なのではあるが、
映像会社やYouTubeチャンネルを管理する側の人たちは
私の同意をとても気にしていたようで。。。(笑)
大人の配慮に感謝です。
職員が
自ら考えて、行動に移し
それを文字にし、言葉にできるためには。
確かに
私の存在は
まーー自分では認めたくないけど・・・
敵でしょうね。。。。
いやいや。
敵ってね。
邪魔?
いやいや
まーまーそんな感じでしょう。
よって
私が意見する場合
どこで どう介入するか。。。
それがまた
私の課題でもあるでしょう。。。
スタッフは
私を映す鏡なんでしょう。。。
感謝。感謝。

自分の親が年を取る。

自分の親が年を取る。
自分の親が一人で身の回りのことが出来なくなる。
想像だったことが、現実になる。
親を思うからこそ、心配・焦りで、重くなる。
「自分の親を施設に入れる」
この決断はさらに重苦しい。
自分の家族・収入・仕事
自分の意地・見栄・体裁
気持ちと現実を共有して、お互い、
「自分のこと」として相談できるのは、きょうだい。
「自分の親を施設に入れる」
この時に、きょうだいで何を話し合うのか。
そもそも、話し合えるのか。
子供たちにとっては、この話し合いが、
自分の人生折り返しを過ぎた、
終わりの始まりだということになります。

アンタ一人で頑張ってないかい❓

来月の松リハは高口さんが来てくれます。
「アンタ、一人で頑張ってないかい?」
と現場のみんなに声かけてくれる高口さん。
ときには厳しく、時にはあまーく😄
今回は鶴保朋城さんの「小さな読書会」
とコラボ企画です。
前半は
新刊「認知症の人の心に届く、
声のかけ方・接し方」(中央法規)
に込めた高口さんの思いを聞きます。
後半は「高口さんに直接聞いてみよう」
のコーナーを設けます。
直接なんてドキドキですが、大丈夫!
zoom越しなので噛みつかれたりは
しません。
5/24(水)20:00-
「高口光子がアナタの相談にのります」
企画)松リハオンラインサロン&小さな読書会
参加費3000円(サロンメンバー無料)
お申し込みはこちらからどうぞ!http://peatix.com/event/3571418

殴るオヤジの介護は大変です。

殴るオヤジの介護は大変です。
2月19日 3月12日の投稿の続きです。
オヤジさんは、病院を退院して私たちの施設に戻って来ました。
再入居前の会議で、
「ぜひ、戻ってきて欲しい」という職員は、
 一人もいませんでした。
「私は、絶対に嫌だ」と言い切る職員もいませんでした。
「とにかく退院して下さい」という病院の勢いと、
「病院は嫌だ。施設に戻る」というオヤジさんと家族の思いで
戻られた退院=再入居でした。
職員は、歓迎するでなく拒絶するでなく、無視も愛想もない感じで、
「バカ・ブス・しっかり面倒みろよ」と車イスに乗って大声出してる
オヤジさんを受け入れました。
再入居前と同じ毎日が、始まりました。
介護職員たちの、介護が変わるわけではありません。
相変わらず叩かれ、嫌なこと言われ、
大きい声でケンカするのが精一杯、
「人を叩いちゃダメ❗️ご飯を投げない❗️バカって言う人がバカ❗️」
なんて言ってると、奥さんが、
「ケンカしてもイイけど、興奮させて大変なのは、あなた達でしょ。
 もう少し、要領良く上手にやってくれないかしらねぇ」
とか介護主任に「チョット、イイかしら」と長い時間「お説教」される。
アレって苦情⁉️嫌味⁉️……なんかイヤだよね❗️
とか言いながら、オヤジさんの介護は続きました。
(あんな人死んでしまえばいい)
この介護主任の言葉を聞いた介護職は(私も同じ)と感じました。
それは日常会話にはなりませんが
大嫌い!と感じていい。大嫌いと言っていい。
ケンカしたっていい。だけど、関わり続ける。
それは、一人じゃないから。今のままで終われないから。
この思いが職員をつなげて行きます。
オヤジさんへの真っ暗な思いを一緒に働く職員に伝えた後も、
現場は変わらぬ毎日で、今まで通りの介護が続くことは、
職員の落ち着きになりました。
上手な介護も、優しい介護も、心を込めた理想の介護も
できないけど、
私たちは、縛らない、閉じ込めない、薬で落とさない介護を続けた。
それは、オヤジさんの日々を重ねる者の仕事でした。
ただ、それだけでした。
そして、数年の時が経ちました。
オヤジさんは弱り、食べなくなりました。老衰です。
『バカ」の声は耳を寄せないと聞こえ難くなり、
投げるつもりのお碗は、手からこぼれ落ちます。
殴る腕、蹴る足は空振りでした。
頬はこけ手足は細りお腹が腫れて以前の面影は強い目つきだけでした。
担当医より、いつ亡くなられてもおかしくない状態と説明がありました
奥さんは、オヤジさんの部屋に泊まり込むことにしました。
繰り返し様子を見に来る夜勤。
できるだけ起きて座って普通に入るお風呂。
好きな物を好きなだけ食べる食事介助。
希望通りパンツにこだわり、トイレに行く排泄。
オヤジさんに丁寧な介護を繰り返す職員を間近に見る奥さんから、
「私もやってイイかしら」と声をかけられ、
介護職員のスズキは「すいません、助かります」と笑顔で応える。
私はオヤジさんはともかく、
介護職を傷つけた奥さんを許せないような
気持ちでいました。
それを介護職は、助かりますとか、
ありがとうございますとか言ってる。
介護をくぐり抜けた同志になってる、すごいなぁ。
そんな日々があって、
オヤジさんは皆に見守られて亡くなられました。
介護職たちが泣く、奥さん・家族より泣く、
スズキなんて号泣だから。
前の施設で一番叩かれた介護職員が駆けつけて、
しゃくり上げて泣く。
私は「お疲れ様でした!」のご挨拶しか出てこない。
何で、そんなに泣くの❓
「そんなのわかんないですよ。
とにかく、手に負えなくて、手が掛かったんですよ」
介護職というのは、すごいなぁ。
スズキくんは、どうなの❓
「ホントにもう嫌だ❗️と思うこともあったけど、
 ここまで来たら最期までやってやる❗️っていう意地でやって来た。
 今、オヤジさんを皆と見届けて、意地が自信になった気がする」
シッカリ介護すれば、より近しい人間関係を持ち、
その人を思うからこそ思い通りにならない現実を持ちます。
何とかしてあげたい、しなければならない、
でもどうにもならない時に、私の中にある「暴力」を使うこと、
それが「身体拘束」です。
(いなけりゃイイ)(死んでしまえばいイイ)と暗い心を持った
私だけだったら使っていた「暴力」を
私たちだから使わなかった。
これが、プロの介護の自信と誇りとだと、
介護職スズキは言いきりました。
「介護は一人ではできない」
これを知っているのが、仕事としての介護です。
オヤジさんの介護に管理者として何とも苦しい時期に
施設が職員が『身体拘束=暴力をしない』とはどういうことかを
説明してくれたのは、上野さんの講義でした。
オヤジさんの介護で職員を支えていたのは、
奥さんである家族の理解と応援でした。
それが、職員を苦しめるほどの威圧になったのは、
家族は、介護を返して!オヤジさんを返して!と思ったんだろうなぁ。
と、わかりやすくヒントをくれたのは、三好さんでした。
今、職員たちは、
介護で行き詰まったり、困ったお年寄りで追い込まれても、
あのオヤジさんを最期まで、
(暴力を使わず=身体拘束廃止)でやりきったんだから、
「なんとかなる❗️」と声に出して介護をしています。
意地 見栄 体裁 なんてモノで日々の現場を積み重ねて、
やってられないけど・やるしかないなんて 何度も話し合う
そして、お年寄りは生きて死んでみせる。
お年寄りは、
私たちのちっぽけな、意地見栄体裁を自信と誇りにしてくれる。
そのお年寄りの名前を私たちは、忘れない。
こんなふうに介護職は、働いていきます。