殴るオヤジの介護は大変です。
殴るオヤジの介護は大変です。
2月19日 3月12日の投稿の続きです。
オヤジさんは、病院を退院して私たちの施設に戻って来ました。
再入居前の会議で、
「ぜひ、戻ってきて欲しい」という職員は、
一人もいませんでした。
「私は、絶対に嫌だ」と言い切る職員もいませんでした。
「とにかく退院して下さい」という病院の勢いと、
「病院は嫌だ。施設に戻る」というオヤジさんと家族の思いで
戻られた退院=再入居でした。
職員は、歓迎するでなく拒絶するでなく、無視も愛想もない感じで、
「バカ・ブス・しっかり面倒みろよ」と車イスに乗って大声出してる
オヤジさんを受け入れました。
再入居前と同じ毎日が、始まりました。
介護職員たちの、介護が変わるわけではありません。
相変わらず叩かれ、嫌なこと言われ、
大きい声でケンカするのが精一杯、
「人を叩いちゃダメ❗️ご飯を投げない❗️バカって言う人がバカ❗️」
なんて言ってると、奥さんが、
「ケンカしてもイイけど、興奮させて大変なのは、あなた達でしょ。
もう少し、要領良く上手にやってくれないかしらねぇ」
とか介護主任に「チョット、イイかしら」と長い時間「お説教」される。
アレって苦情⁉️嫌味⁉️……なんかイヤだよね❗️
とか言いながら、オヤジさんの介護は続きました。
(あんな人死んでしまえばいい)
この介護主任の言葉を聞いた介護職は(私も同じ)と感じました。
それは日常会話にはなりませんが
大嫌い!と感じていい。大嫌いと言っていい。
ケンカしたっていい。だけど、関わり続ける。
それは、一人じゃないから。今のままで終われないから。
この思いが職員をつなげて行きます。
オヤジさんへの真っ暗な思いを一緒に働く職員に伝えた後も、
現場は変わらぬ毎日で、今まで通りの介護が続くことは、
職員の落ち着きになりました。
上手な介護も、優しい介護も、心を込めた理想の介護も
できないけど、
私たちは、縛らない、閉じ込めない、薬で落とさない介護を続けた。
それは、オヤジさんの日々を重ねる者の仕事でした。
ただ、それだけでした。
そして、数年の時が経ちました。
オヤジさんは弱り、食べなくなりました。老衰です。
『バカ」の声は耳を寄せないと聞こえ難くなり、
投げるつもりのお碗は、手からこぼれ落ちます。
殴る腕、蹴る足は空振りでした。
頬はこけ手足は細りお腹が腫れて以前の面影は強い目つきだけでした。
担当医より、いつ亡くなられてもおかしくない状態と説明がありました
奥さんは、オヤジさんの部屋に泊まり込むことにしました。
繰り返し様子を見に来る夜勤。
できるだけ起きて座って普通に入るお風呂。
好きな物を好きなだけ食べる食事介助。
希望通りパンツにこだわり、トイレに行く排泄。
オヤジさんに丁寧な介護を繰り返す職員を間近に見る奥さんから、
「私もやってイイかしら」と声をかけられ、
介護職員のスズキは「すいません、助かります」と笑顔で応える。
私はオヤジさんはともかく、
介護職を傷つけた奥さんを許せないような
気持ちでいました。
それを介護職は、助かりますとか、
ありがとうございますとか言ってる。
介護をくぐり抜けた同志になってる、すごいなぁ。
そんな日々があって、
オヤジさんは皆に見守られて亡くなられました。
介護職たちが泣く、奥さん・家族より泣く、
スズキなんて号泣だから。
前の施設で一番叩かれた介護職員が駆けつけて、
しゃくり上げて泣く。
私は「お疲れ様でした!」のご挨拶しか出てこない。
何で、そんなに泣くの❓
「そんなのわかんないですよ。
とにかく、手に負えなくて、手が掛かったんですよ」
介護職というのは、すごいなぁ。
スズキくんは、どうなの❓
「ホントにもう嫌だ❗️と思うこともあったけど、
ここまで来たら最期までやってやる❗️っていう意地でやって来た。
今、オヤジさんを皆と見届けて、意地が自信になった気がする」
シッカリ介護すれば、より近しい人間関係を持ち、
その人を思うからこそ思い通りにならない現実を持ちます。
何とかしてあげたい、しなければならない、
でもどうにもならない時に、私の中にある「暴力」を使うこと、
それが「身体拘束」です。
(いなけりゃイイ)(死んでしまえばいイイ)と暗い心を持った
私だけだったら使っていた「暴力」を
私たちだから使わなかった。
これが、プロの介護の自信と誇りとだと、
介護職スズキは言いきりました。
「介護は一人ではできない」
これを知っているのが、仕事としての介護です。
オヤジさんの介護に管理者として何とも苦しい時期に
施設が職員が『身体拘束=暴力をしない』とはどういうことかを
説明してくれたのは、上野さんの講義でした。
オヤジさんの介護で職員を支えていたのは、
奥さんである家族の理解と応援でした。
それが、職員を苦しめるほどの威圧になったのは、
家族は、介護を返して!オヤジさんを返して!と思ったんだろうなぁ。
と、わかりやすくヒントをくれたのは、三好さんでした。
今、職員たちは、
介護で行き詰まったり、困ったお年寄りで追い込まれても、
あのオヤジさんを最期まで、
(暴力を使わず=身体拘束廃止)でやりきったんだから、
「なんとかなる❗️」と声に出して介護をしています。
意地 見栄 体裁 なんてモノで日々の現場を積み重ねて、
やってられないけど・やるしかないなんて 何度も話し合う
そして、お年寄りは生きて死んでみせる。
お年寄りは、
私たちのちっぽけな、意地見栄体裁を自信と誇りにしてくれる。
そのお年寄りの名前を私たちは、忘れない。
こんなふうに介護職は、働いていきます。